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コタロさんの独り言

こたろうさんの独り言を書いていくブログです。


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かつては努力を継続できた(自称)自分も納得。「努力する人」と「努力できない人」の6つの大きなちがい(Books&Apps)

コンサルティングを行っている著者が「努力できる人」と「努力できない人」の「考え方」の違いを6つにまとめた記事です。

コツコツと地道に努力するのが結構好きな自分としても納得の内容でしたので、私の見解を付け加えながら、紹介してみたいと思います。

blog.tinect.jp

その「考え方」の違いは、以下の6つである。

1.努力とは、精神論でなく、方法論である。

2.努力とは、才能でなく、環境に依存する。

3.努力とは、結果でなく、過程である。

4.努力とは、楽しむものではなく、単なる習慣である。

5.努力とは、達成感ではなく、学習感である。

6.努力とは、信仰である。

 

これは、コツコツ努力をしてきた(つもりの)自分としては、かなり納得の内容です。

まず、努力とは信仰である。

これは、まさにそうです。

努力を続けないより、努力を続けた方が報われる確率が高いと信じているから続けられるのです。
努力の結果は、すぐには出ません。少し継続して、はじめて何となく結果が出始めてくるわけです。
わかりやすい例でいうと、筋トレなんてそうですよね。筋トレを始めたからといっていきなり筋肉が太くなったり、筋力が増強したりするわけないですよね。これも3ヵ月くらい続けていると、少し筋肉が付いている自分に気づくわけです。
学校の勉強もそうですね。
コツコツと勉強していてもすぐに成績がよくなるわけではありません。しばらく続けていると少しずつ上向いてくるわけです。

そして、今まで努力によって成果を出してきた人は、その成功体験によって努力には成果が付いてくる可能性が高いと信じているので努力をできるのです。

努力とは、達成感でなく、学習感である。

これも実は信仰とつながっているのです。最終的な成果を上げるという達成感まで到達していなくても、日々努力が積み重なっていく感じが、たとえ錯覚であっても感じられるのならば、努力は継続できるのです。
これは、努力が積み重なっていけば、きっと成果に到達できるはずだと信じているからできるということです。


努力とは、精神論でなく、方法論である
努力とは、楽しむものではなく、単なる習慣である

これらは、信仰や学習感とは相反するようにも思うかもしれませんが、信じているうちに習慣化してしまうと楽になるということです。どうすれば楽に努力できるかを考え実行するのです。
どんなに信じていても報われる確率が低そうな努力については、モチベーションが下がってきます。そうなっても続けられるようにするのは大事です。習慣化すると惰性で継続できます。

努力とは、結果でなく、過程である

頑張ることに意義があるという意味で挙げられているようです。これに関しては、?です。
自分としては、今回は役に立たなくてもこの努力は何か別の時に役立つかもしれないからちゃんとやろうと思って続けることはあるのでそんな感じかなぁと思いました。

最後は、努力とは、才能でなく、環境に依存する

これは、どうでしょう。
どんなにこのようにすれば努力を継続できるといわれても、やっぱりできる人とできない人がいるわけで、人には向き不向きがあるというか、やはりこれも才能かな?と思うこともあります。

そういう性格だと思うわけです。

神経質な人がいたり、おおざっぱな人がいたり、明るい人がいれば、くらい人もいるわけで、コツコツやるのが好きな人もいるのだと思います。

それを才能と呼ぶか、性格というかは、好みの問題でしょうか。

 

繰り返しになりますが、コツコツ努力を続けられる人は、それが一番楽で確率の高い方法だと信じてるのだと思います。

遠回りのようで一番労力の少ない近道なんじゃないかと思っているので、怠け者の自分は、コツコツと努力するのが好きでした。

今日は、そんなことを考えた次第です。