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コタロさんの独り言

こたろうさんの独り言を書いていくブログです。

私が思う「心が弱い人と強い人のちがい」の図を見て分かった:自分は鈍感なだけで心が強い人ではなかったと。

 

今日は、ニャートさんのブログを読んでの感想です。

nyaaat.hatenablog.com

まず、この図がわかりやすくてよかったです。文章がいらないくらいすべてが詰まっている図ですね。

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 そして、悟ったのです。

自分は心が強いのではなくて、口が狭いだけだったのだ。つまり、鈍感なおかげで問題なく今まで過ごしてきたのだと。

 

そして、自分が鈍感であると決定的に自覚することとなった事件のことを思い出しました。

 

それは、ある営業所へ手伝いとしていった時の事です。

小さな部署で所長以下数名が出張ということで、人手が足りなくなるため、助っ人の要請があり、以前にも何度か手伝いに行ったことがあった自分が手伝いに行くことになりました。初めてではなかったので、なれない職場で緊張しながらも3日間の助っ人業務をつつがなく終わらせて帰ってきました。

後日、所長さんが会議か何かの用事で私の職場に来た時に、わざわざ私のところに「この間はありがとう」と礼を言いにやってきました。
普通なら所長がわざわざお礼に来るほどのことではないんじゃないかな、と思っていると、

「せっかく来てもらったのにすまなかったねー」と。

何のことだろと頭の中が「???」となっていると

「うちの子(事務の女性のことらしい)の態度がひどくて申し訳なかったね」と。

「いやー、そんなに気になりませんでしたよ。なれない職場で緊張していたのもありましたし、・・・」

と答えてその場はごまかしておきましたが、はっきり言って思い当たる節は全くありませんでした。

所長さんがいうには、その職場に、もともと気分のむらの激しい社員がいて、ちょうど私が手伝いに行っていた3日間ずっと不機嫌だったと。それも超不機嫌な対応をしていたらしい。それでほかの社員が、いつ私がきれるかとヒヤヒヤしながら見ていたという旨の報告を受けていたということでした。

全く気付かなかった私はなんと鈍感なんだろうか、でもそのおかげで大過なく仕事をしてくることができたのでまぁいいかなと思っていたわけです。

そんな感じなので、自分が鈍感で、感受性が低いことはわかっていました。図でいうと水を受け止める間口が狭いタイプになります。だから、メンタルがやられることなく、過ごしてきたわけです。

間口の狭さのおかげで、容器がいっぱいになることはなかったので本当の容器の大きさは不明なのです。
もしかしたら、間口が狭い上に容器も巨大かもしれないし、間口の狭さで助かっていただけで、容器は極小だという可能性もあるわけです。

ですから、容器が大きいことを願いつつも、心の中がいっぱいになってしまわないように今後の人生で注意していかなければいけないなと思ったしだいです。