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コタロさんの独り言

こたろうさんの独り言を書いていくブログです。


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五味太郎「学校教育の感想文は気持ち悪い。間違っている」(netgeek)を読んで小学校の頃の自分を振り返ってみた。

netgeek.biz

絵本作家の五味太郎氏が学校教育画像が見にくいかもしれないので内容を簡潔にまとめておく。

(1)雨が降ってお母さんたちが傘を届けに来てくれる。私のお母さんは仕事で来られない。私は『お母さんが頑張っているんだから私も頑張ろう』と思って友だちの傘に入れてもらって帰りました。
(2)これはテスト教材にあった文章だ。問題は「この文章を読んで50字以内で感想文を書きなさい」

の感想文は間違っていると批判した。大人が求める都合のいい正解を子供に強要してしまうという主張だ。

という”五味太郎氏の書籍「大人問題」”を紹介した記事を読んで自分の小学校の頃を思い出して、振り返ってみたのでそのことを少し。

画像が見にくいかもしれないので内容を簡潔にまとめておく。
(1)雨が降ってお母さんたちが傘を届けに来てくれる。私のお母さんは仕事で来られない。私は『お母さんが頑張っているんだから私も頑張ろう』と思って友だちの傘に入れてもらって帰りました。
(2)これはテスト教材にあった文章だ。問題は「この文章を読んで50字以内で感想文を書きなさい」
(3)ある生徒は「別に。」とだけ書いた。
(4)教材についていた模範解答は「我慢したことに感動した」とか「優しい友だちに感動した」とかで五味太郎氏は「大人用の答えを模索している。気持ち悪い」と思った。


自分も小学生の頃は、この手の問題が苦手だった。

いや、正確には、嫌いだった。

というか気が重かった。

技術的(?)には、正解っぽい解答にたどり着くのは簡単だった。たぶん、こんなこと書けば○なんだよなというのはすぐにわかる。

そして、心にもない上っ面だけの文章を書いて、罪悪感というか嫌悪感を抱えるのであった。もちろん小学生ですから、そんなことは一時の事ですぐ忘れてしまうのですが、同じような問題を見ると「あー、またこれか」みたいな感情を抱くことがあったように思います。

読書感想文も同じような感じだったように思い出されます。こういう課題は、正直に自分の心の内を書くものだと思ったことはありませんでしたね。

だから、同じ国語の問題でも

 「これ」は何を指していますか?5字以内で書きなさい。

といった問題の方がすっきりしていて好きでした。

 

小学生のころの自分は、そんなことを考えつつも「別に。」と実際に答案に書いてしまうほどの度胸はなく、この問題の例なら「雨がすぐに止めばよかったのに」というようなわざとちょっとポイントをはずしつつ、×を付けられるほどでない解答を考えていました。

今、大学入試の国語の問題に記述式の問題を導入すべきだという議論がなされているわけですが、これも結局、出題者が求めている解答をそつなく記述する能力をはかる試験になるのだろうなと思っています。

それはそれで必要な能力なのですが、教育学者の理想とは違っているのだろうななどととりとめのないことを考えた次第です。